12月20日 日曜日 17時16分 民政党金沢支部

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12月20日 日曜日 17時16分 民政党金沢支部
第四章 2
五の線 第三十一話.m4a.mp4
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村上は民政党金沢支部の三階にあるホールの外にいた。受付に置かれたパイプ椅子に腰をかけて彼は携帯電話を触っていた。ホールの中では本多善幸が支援者に対して、国土建設大臣就任の挨拶を先ほどから述べている。

「村上君。」

パリっとした身なりの小柄な男は村上の前に立って声をかけた。

「あっ専務。」

村上は慌てて携帯電話をしまい、彼の前に直立不動に立った。声をかけてきたのは本多善幸の実弟、本多慶喜だった。

「ああ、いい、いい。君も疲れているだろ。座ってなさい。」

そう言うと男は村上の隣に座った。

「恐れ入ります。」

「とうとうここまで来たな。」

「はい。」

「今日は動員人数が多いな。」

「それは先生に対する期待の現れですよ。」

慶喜はふっと笑みを浮かべた。

「いや、地元選挙区で兄貴の代わりに飛び回ってくれた君を始めとする、優秀なスタッフがいたからこそだと俺は思う。」

「ありがとうございます。」

「あのな、小松空港で兄貴と話をしていたんだ。そろそろ民政党も新しい候補者を出さんといかんってな。」

村上は本多慶喜の言葉を聞いて身構えた。

「君も知っているだろう。石川3区の件だ。」

石川3区は衆議院議員選挙の選挙区で、奥能登の珠洲市から金沢市北部に隣接する津幡町や内灘町までの行政区域を指す、能登地区を中心としたエリアである。小選挙区制が導入されてから、この選挙区で民政党は勝ち続けた。特にこの石川3区においては負けなしの実績を誇っている。しかし、近年の不況を背景に野党政友党が支持を得てきており、次期総選挙においては、この石川3区でも苦戦を強いられるのは間違いないと考えられていた。現在の石川3区選出の議員は高齢で今期をもって引退する事を既に表明している。そこで以前からこの選挙区の民政党の候補者を誰にするかという話題は上がっていたが、未だその結論は出ていない状況だった。

「あそこは今度は相当大変な選挙区になる。できれば従来の枠にはまらない話題性のある候補者がいいという事になってきている。」

「そのようですね。」

「そこで畑山君が良いのではないかと私は思っている。」

「…畑山さんですか…。」

「なんだ、不服か。」

慶喜は怪訝な顔をした。

ーまた慶喜の暴走が始まった。

畑山は本多善幸の最古参。大学卒業後、旧大蔵省に入省。10年間同省で勤務後、民間のシンクタンクへ転職。その後本多の秘書となった。現在48才。その卓越した政策立案能力は民政党の代議士の間でも一目おかれる存在であり、現に同党の代議士から引き抜きの誘いがあったほどだ。このような華々しい経歴と能力、若さを兼ね備えた人物が、次の総選挙で立つ。順番としては妥当だ。

「不服ではありません。順番として最も適切な人物です。」

そう言った村上の表情は、明らかに先程と比べて曇ったものとなっていた。

ー話題性も何も無いじゃないか。従来通りの学歴・キャリア重視だよ。

「畑山くんは君も知っている通り、非常に頭がいい。そして民間経験も豊富だ。しかし、だ…。」

「人心掌握の面で難有りですな。」

慶喜は自分の意図するところを、憚ること無く続けて言い放った村上の顔を見た。そしてしばらく黙り村上と目を合わせないように続ける。

「君の言うとおりだ…。そのため彼を立てるとなるとその補佐役が見つからんのだよ。」

ーいかん。この流れは俺にその補佐役をしろとでもいうような流れだ。

「畑山さんは非常に頭がいい。しかしあの方は相手に対して自分より頭が悪いと判断すれば、見下してしまう嫌いがあります。選挙を勝ち抜くとなるとそういった姿勢はいけません。選挙民だけならいざ知らず。自分の手足となって動いてくれる秘書についてはなおさらです。彼の特性を理解して、彼の代わりに選挙民に頭を下げて選挙活動が出来るくらいの度量をもった人物でないと補佐役は務まりませんね。私もあの人にさんざんいびられた口ですので、その大変さはよく知っています。誰が彼の補佐役が務まるか…非常に難しいですね。」

「君だ。」

先程から村上と目を合わせないようにしていた慶喜は、村上の目の前に立ち、彼の目を見て言い放った。

「は?」

「君にその役を引き受けて欲しい。」

ーほらきた。そんな大変なお役目はごめんだ。

「兄貴は君の仕事ぶりを評価している。厳しい戦いを強いられる石川1区で勝ち続けられたのは、君の力によるものが大きいと言っているんだよ。だから、その力をもって次の選挙で政友党を駆逐してもらいたいんだよ。」

村上はしばらく考えるフリをした。はじめからそのような損な役回りは受けかねると決めていた。第一、政治や選挙のことに大した協力もしていない慶喜が、善幸の実兄であると言うだけで細かいことに口出ししてくることが気にくわない。民政党石川県支部の後援会組織でも畑山の評判はすこぶる悪い。善幸自身も政策能力は評価しているが、政治家向きではないと以前自分に漏らしていた。おそらく畑山が慶喜とその周辺をとりこもうとして動いているのだろう。

「畑山さんの件、先生は了承されていらしゃるのですか。」

「いや、君がこの件を承知してくれれば話ができる。」

ーやっぱりか。これだから外野ってのは困る。好き放題言うだけだ。政治ごっこに付き合ってる暇はない。

「残念ですが、私は善幸先生の秘書です。先生のご命令なら従いますがこの件はそうではありません。いくら慶喜様のご依頼と言えども先生の了承無しの単独行動はいたしかねます。」

村上の返答を聞いて慶喜は憮然とした表情であったが、しばらくして不敵な笑みを浮かべた。

「村上くん。君の同級生に佐竹という男がいたな。」

突然の話題の転換に村上は不意をつかれた。

「君の経歴に興味があって調べさせてもらった。高校の同級生だな。」

「…はい。」

「今でも時々連絡を取り合っているのかね。」

ーなぜ、こんなことを聞く。

「ええ…時々ですね。」

「佐竹くんの当行での仕事ぶりは優秀だ。そして君も優秀だ。金沢北高は優秀な人間の集まりだな。」

「ありがとうございます。」

ーなんだ、突然気持ち悪い。

「わかるよな。」

「…いえ、おっしゃる意味がわかりませんが。」

「鈍いな。彼の出世だよ。」

会場では善幸の演説が終了したのか、満場の拍手が彼らふたりのいる場所まで漏れて聞こえていた。