12月20日 日曜日 16時50分 金沢市香林坊

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12月20日 日曜日 16時50分 金沢市香林坊
第四章 1
五の線 第三十話.m4a.mp4
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香林坊はファッションに関する商店が多くある地域で、金沢での近代的な側面を演出している地域である。その香林坊に隣接して長町武家屋敷があり、この辺りは金沢の伝統と近代の両面を肌で感じる事ができる地域である。

佐竹はこの地域にあるファッションビルの中にいた。

先ほどまでインターネットを使って、意中の女性に渡すクリスマスプレゼントをいろいろと考えていたが、それはあくまでも机上での事。現場の空気を吸わない事には実際のところよく分からない。自分には異性の友人も特段いないので、プレゼント品を扱うそれらの店員に直接聞いた方が早いと言う結論に達した。

インターネット上では女性がプレゼントでもらって嬉しいランキング一位は指輪だった。

だからといって、ひと言言葉を交わしただけの関係で、そういった貴金属類の高価なプレゼントを渡すのは相手にとって押し付けがましく、重い。嫌われる事てきめんである。バッグや財布等といったものも同じ。

その他で何か良いものはないかとこの香林坊に来たのだが、ヒントは得られなかった。

用はまだ佐竹にとってそういったプレゼントを渡すのは時期尚早であるという事だ。

香林坊にきてようやくその事に気づいた佐竹は、クリスマスを控えて活気づく街を眺めながら歩いていた。

一軒の洋菓子店の前を通りがかった。古くからあるような店構えで、若年層や最近の流行に媚びる様子は見受けられない。「洋菓子・ケーキ」と飾りっけのない丸ゴシック体のような書体をペンキかなにかで直に書いた様な看板がかけられていた。

―せっかくだからケーキでも買って帰るか。

そう思って佐竹はその洋菓子店に入った。

店には誰もいなかった。店内は外観とは違ってこぎれいであり、ショーケースの中には隙間なく整然と数種類のショートケーキとシュークリームが置かれていた。そのギャップに佐竹は少し期待をした。

―ひょっとして隠れた名店発見か。

佐竹は「すいません」とやや大きな声を出して店の者を呼び出した。すると年老いた女性がゆっくりとした動作で店の奥から出てきた。老いてはいるが、どこか品を感じさせる女性だった。

佐竹はショーケースの中にあったショートケーキを三つ注文した。するとその老女は話しかけてきた。

「二人で食べられるんけ。」

「いや、自分ひとりで食べますけど。」

「ほうですか。お客さん甘いもん好きですか。」

「いや、そんなに食べない方ですけど、何か久しぶりに何となく食べたくなって。」

「これおまけしときますわ。」

そういうと老女はショーケースの中にあったシュークリームを二つ取り出し、一緒に紙箱の中に入れた。

佐竹は遠慮をして一度断ったが、好意でやってくれているサービスを無下に断るのもいかがなものかと考えたのか、すんなり頭を垂れて感謝の意を表した。

店の外に出ると、再びちらほらと雪が舞ってきていた。

自分の車が止めてある駐車場に行く道すがら、香林坊の店々から流れてくるクリスマスソングを耳にしていると、ふと孤独感を感じた。

通りを行き交うカップルや家族連れを見ていて、だれかにこのケーキを渡そうかと考えた。そしてまず思いついたのは離れて暮らしている両親だった。

佐竹は就職を機に一人暮らしを始めた。これは彼の両親の方針であった。一人前に給料をもらう歳になったら、すべて自分の身の回りの事は自分でやれと言われ、その通りにしてきた。正月には実家に帰っているが、その他に帰る事はあまりない。特に孝行らしいこともしていないので、サプライズとして持って行っても良いと思った。

しかし、彼の脳裏によぎるものがあった。山内美紀の存在である。

この香林坊にやって来た主たる目的はケーキを買う事ではない。彼女に渡すさりげないプレゼントを物色するために来たのだ。

―そうだ、こいつを何となく渡してみるか。

理由はどうとでもなる。先ほど赤松には花代をサービスしてもらった。そのお礼として、店のみんなで食べてくれという事ならば渡しやすい。

佐竹は両親には悪いと思いながらも、この考えは我ながら妙案だと思い、駐車場へと向かった。