12月20日 日曜日 15時00分 金沢北高等学校

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12月20日 日曜日 15時00分 金沢北高等学校
第三章 5
五の線 第二十七話.m4a.mp4
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金沢市北部の熨子山麓に位置する金沢北高は、文武両道を校訓とした厳格な校風をもった私立高校である。どこの学校にもありそうな校訓であるが、この高校はそれを堅実に実践し、その成果を挙げていた。日本で最も偏差値が高いと言われる東京の国立大学に、毎年卒業生を複数名送り込み、片やインターハイに出場する程の実力をもった部活動も数多く存在する。標語だけが一人歩きするような学校ではなかった。

金沢北高では挨拶、身なりなどの規律面で校則に反したことがあれば、厳しく処分される。また、先生や先輩の指示は絶対であり、それに背いた者には容赦ない制裁を科せられる。このような軍隊のような校風にも関わらず、結果として実績を出しているので、人々はその校風を公に批判しなかった。

だが、近年ゆとり教育なるものが国の施策として採用されてから、保守一本の北高の校風を嫌ってか、受験生やその親たちが北高の受験を敬遠するようになってきており、その影響で北高は厳しい経営状況にあった。

今日は日曜日だというのに、校舎の雰囲気に活気があった。部活動に所属する者は基本的に休みなく、練習に励まなければならないのが金沢北高のルールであるためだろうか。

職員のものと思われる自動車も複数止まっている。きっと生徒の部活を監督するために休日でも出勤しているのだろう。

「すいません。誰かおられますか。」

正面玄関につけられたインターホンに向かって、古田はぼそぼそと声を発した。

しばらくして男が対応した。

「なんでしょうか。」

「警察です。ちょっとお時間いただけませんか。」

えっと言う言葉の後に男の後ろで複数の人間のひそひそ声が、インターホン越しに聞こえたのを古田は聞き逃さなかった。古田は間髪入れずに話しかける。

「どなたでも結構です。」

相変わらずインターホンの向こう側では、複数名の人間の声が聞こえる。しばらくして「どうぞ。」と言う声が聞こえ、掛けられていた正面玄関の鍵が自動で開けられた。

玄関で靴を脱ぎ、スリッパに履き替えて古田は職員室がある二階に向かった。途中、数々のトロフィーや優勝旗、賞状などが飾ってあった。野球部、陸上部、吹奏楽部、サッカー部、その他様々な部活動の活躍を証明するもので、その多さに古田は圧倒された。彼は足を止め、その中に剣道部のものがないか確認した。

「あった。」

古田は一つのトロフィーに目をとめた。

「第32回石川県高等学校県道大会 団体戦 準優勝 金沢北高」

そう呟くと手帳にメモをした。

「こんにちは。」

元気のいい声をかけられて古田はその方向を見た。そこには生徒と思われる男子が歩いていた。

「あ、どうも。」

勉強や部活動の実績を挙げる以前に、その人間性を高めるために軍隊ばりの指導をしていることが、この生徒の挨拶を聞いた瞬間感じ取れた。と同時に、警察という規律正しい仕事をしている自分が、この生徒と同じように挨拶ひとつろくにできないことをふがいないと感じた。

―社会に出るとこんなもんか…。

古田は短く刈り込まれた頭をぽりぽりと掻いて、背中を丸めて二階にある職員室へと向かった。

職員室の前にはジャージ姿の中年の教員らしき男が立って、古田を待っていた。その男は古田を見てお辞儀をし、応接室へと案内した。

「今日は生憎日曜日なため教頭はいません。私でよければ話を伺います。」

すると男は名刺を古田に渡した。古田はその名刺を見て、自分がこの男に誤解を与えていることに気がついた。名刺には生徒指導担当の肩書きが確認された。「ああ、すんません。今日はおたくの生徒さんの悪さの話じゃないんですよ。」

対応の教員は意外そうに古田を見た。

「申し遅れました。私、こういうものです。」

そう言うと古田は胸元から名刺を取り出して教員に渡した。教員は両手でそれを受け取り、声を出して読んだ。

「県警本部、捜査二課課長補佐…。」

「ええ、ちょっとおたくの卒業生について聞きたいことがありましてね。」

中年の教員は困惑した表情で古田を見ている。

「あなたもご存知やと思いますけど、この近くの熨子山で事件があったでしょう。」

「ええ。」

「今、テレビとかで言われとる容疑者に見覚えありませんかね。」

 

「一色ですね。」

「はい。その一色について詳しく知ってらっしゃる方がいたら話をしたいんですよ。」

教員はしばらく黙り、ゆっくりと口を開いて言葉を発した。

「私がよく知っています。」

古田は前屈みになりながら、教員の目を上目遣いで見つめた。

「私は以前、一色が属していた剣道部の監督をしていました。ですから、私がこの学校では一番知っていると思います。」

「タイミングがいいですな。では早速ですがお聞かせ願いたい。」

「どうぞ。」

「一色は高校時代どういう人物でしたか。」

「当時から品行方正な男でした。勉強はあなたがご存知の通りできる男です。」

「部活動については。」

「彼が部長だった時に、県大会で準優勝の成績を収めました。当校において剣道部でここまでの結果を出したのは彼の代を除いて、後にも先にもありません。」

「特別な練習とかでもしたんですか。」

「いや、あ…でも、やりました。」

「どんな。」

「当校は熨子山をランニングコースとしてよく利用しているんですが、彼の代ではそれの応用といってはなんですが、山全体を利用した鬼ごっこをしていました。」

「鬼ごっこ?」

古田はメモの手を止めた。

「ええ、ただやみくもに走っているだけですと辛いもんです。そこでゲーム性のあるランニングにしたんです。といってもこれは結構辛いんです。山全体をつかいますから。」

「そりゃそうでしょうな。逃げる方も隠れるところがいっぱいあるし、鬼にしても待ち伏せできるところがわんさかある。しかもフィールドは広大と来たもんだ。」

「ええ。そりゃ始めは鬼は誰も捕まえることができないことがありましたが、慣れとでもいうのでしょうか、動物的な感が研ぎすまされるのか、何となく気配を感じるようになるんですよ。意外なことに2週間もしたら、日没までには決着がつくようになっていました。」

「非常にユニークなトレーニングですな。そりゃ基礎体力がつくはずだ。ついでに勝負勘も身に付く。そして同時に熨子山の地理に明るくなる。」

「そうですね。いわゆる舗装された一般道を使用していると、見つかりやすいので自然と険しい道なき道を生徒は選択します。」

「今でもそのトレーニングはされてらっしゃるのですか。」

「いや、それは彼の一代で終了しました。同じ教員の間からけが人が出てもおかしくないと指摘されたからです。確かに今思えば危険なことを容認していたなぁって思います。でも、基礎体力や動物的な勘を養うには手っ取り早い方法だったような気もします。」

古田は教員の話す言葉の一言一句も逃さないようにメモをとった。

「で、刑事さん。こんな部活の話と今回の事件、何の関係があるんですか。」

「いや、まあ気にせんで下さい。大変参考になっておりますよ。」

「そうですか。」

教員は何やら腑に落ちない表情だった。

「刑事さん。」

「なんでしょうか。」

「私は正直複雑な気持ちなんですよ。自分の教え子が疑われているんですから。」

「お気持ちはよく分かります。それは私たち警察にとっても同じことです。一色は私の上司にあたりますから。とにかく事件の真相解明と容疑者の逮捕。これが先決ですので、ぜひともご協力ください。」

「わかりました。」

教員ははっきりしない表情で古田の意図を汲んだ。

「では、当時の剣道部の部員を教えてください。あぁ熨子山で鬼ごっこしていた部員だけで結構です。」

「自主的にやっていたトレーニングでしたので人数少ないですよ。ええっと、確か12名だったかな。」

「名前は。」

「部長の一色。他には佐竹、村上、赤松、鍋島、千葉、沼田、安東、木戸、加藤だったと思います。」

さすがに聞き取りだけで人の名前を性格にメモすることはできないので、古田は教員にそのメンバーをフルネームで紙に書くよう依頼した。すると、教員は職員室の方へ一旦戻り、卒業アルバムをもって応接室へと戻ってきた。

教員はひとりひとり名前と顔写真とを照らし合わせながら、古田に説明した。

「この中で、一色と特に深い繋がりがあったのは誰ですか。」

「そうですね、やっぱりレギュラーメンバーの佐竹と村上と赤松、そして鍋島でしょうかね。」

「今現在この人たちが、どこで何をしているか分かりますか。」

「そうですね…。みんな大学に進学していますから、その先はよく分かりません。鍋島だけが高卒で自衛隊に入っていますが、連絡も取っていないのでわかりません。」

古田は、メモ帳の鍋島の名前を円で囲んだ。

「どうして、鍋島さんは自衛隊に?」

「彼は飛び抜けて強かったんですよ。剣道には団体戦と個人戦とがあるんです。一色の代は団体戦が県大会で準優勝。個人戦では鍋島が県大会優勝。インターハイ優勝の成績を収めています。」

「ほう、それはすごい。」

古田は素直に感心した。

「で、大学に行くのは遠回りだということで、そのスキルを活かすために自衛隊に入隊したんです。あの代の連中が結果を残せたのは、鍋島の強さに引っ張られたところもあるんじゃないでしょうかね。」

「そんなに強いなら当県警の戦力として欲しかったですね。」

「いや、彼は昔から軍事の方面に個人的に興味を持っていたようでしたから、警察は受けなかったのでしょう。」

「そうですか分かりました。」

そう言うと古田は、佐竹、村上、赤松、鍋島の当時の住所を控えて、職員室を後にした。玄関まで足を進めていると、吹奏楽部の練習だろうか、ホルンやトランペットの音が聞こえていた。何やら懐かしい感覚が古田を包んだ。そんな矢先、彼の携帯電話が鳴った。古田は足を止めた。

「はい、もしもし…。ええ…。はい…。えっガイシャの身元が分かったんですか。はい大丈夫です。控えられます。」

古田は携帯電話を左耳と肩で挟んで、器用にメモ帳を取り出してペンを握った。しかし、彼の手はそのまま止まった。

「穴山と井上…。」