12月20日 日曜日 14時25分 七尾市街地

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12月20日 日曜日 14時25分 七尾市街地
第三章 4
五の線 第二十六話.m4a.mp4
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石川県北部は能登半島によって構成されている。能登半島は海岸線が複雑に入り組んでおり、その景観の良さから観光スポットとして人気のある地域でもある。石川県外の方は、能登と言えば荒々しい男の海の風景を連想されるだろうが、それは外浦と言われる日本海側の海の事であり、内浦と言われる富山湾側の海は外浦と反して穏やかで女性的な表情を持っている。

この七尾市は内浦に面し、能登島という島をもつ能登半島の中央部の都市であり、能登地区の中心都市としての性格を持つ。地形学的にも農林水産業が主たる産業となっており、そこから派生する二次産品や加工品が販売されている。また和倉温泉を中心に温泉場が多いのも特徴である。

この七尾市の市街地にあるアパートに男は住んでいた。

間取りは1DKと狭いが、その部屋に敷かれた畳の色は最近張り替えたのか、青々としたい草の色そのもので、仄かに香っていた。

男はその部屋の中心にあぐらをかいて座り、まるで禅僧のように背筋を伸ばし、肩の力を抜いて、両手のひらを上に向け重ね合わせ、その親指を触れるか触れないかのぎりぎりの線で静止させていた。彼は部屋に唯一ある窓と向かい合って、目を瞑り、その呼吸を整えていた。

彼の部屋の中には何も無い。テレビもラジオも冷蔵庫も電子レンジも。あるのは男の身一つと毛布だけだった。

インターホンが鳴った。

先ほどまで隣の部屋で何かの物音がしようが、外で犬が鳴こうが微動やにしなかった彼だったが、ここではじめて目を開いた。そしてすっくと立ち上がり、玄関の方へ移動し、覗き窓からドアの向こう側を確認する。

そこには濃紺のコートを身に纏った訪問者の姿が見えた。男はドアのチェーンを外し鍵を開け、言葉も発さずドアを開けた。

訪問者も彼に声をかける様子は無い。彼はドアを閉め、手に持っていたコンビニエンスストアのレジ袋を男に手渡した。

男はその中身が食料である事を確認し、先ほど瞑想していた部屋へ戻るため、訪問者に背を向けた。訪問者は外してあった鍵を再びかけ、男に続いて部屋の中に入った。

男は畳に座って、訪問者に差し入れられたパンと牛乳を無言で貪るように食べ始めた。その様子を訪問者は相変わらず黙って見ている。

男はほとんど噛む事無く、口に入れたパンを牛乳で流し込み、僅か3分で完食した。相当腹が減っていたのだろうか。

食事を終えると男の表情に変化が表れた。目が虚ろになって来た。

何度か自分の目を擦るが、目は虚ろのまま。自分を襲う虚脱感に抵抗して男はなんとか言葉を発した。

「計ったな…。」

そう言うと男はそのまま横になり、眠りについてしまった。

男の様子を見届けた訪問者は何も無い部屋に用意されていた毛布を幾重に折りたたみ、彼の顔に被せた。そして胸元から一丁の拳銃を取り出して毛布に銃口を密着させ、引き金に指をかけた。

消音化された発砲音が部屋の中に僅かに響いた。

男の頭から血液がしみ出し、毛布が徐々に赤く染まってくる。と、同時に青かった畳にも赤い血液が染み始めてきていた。

訪問者はキッチンにて備え付けのガスコンロから、スチール製の受け皿を外した。倒れている男の前に再度立った訪問者は、男の顔に被せてあった毛布を外し、そこにある変わり果てた顔めがけて手に持っていた受け皿を振り下ろした。訪問者はこれを執拗に何度も繰り返した。腕を振り下ろすたびに、部屋の中に血が飛び散った。

5分程立っただろうか、訪問者は動きを止めた。立ち上がって部屋の中をゆっくりと見渡すと、部屋の壁、畳などあらゆる箇所が血で染まっていた。訪問者は飛び散った血液が付着した押し入れに目を止め開いた。そこには革製の旅行カバンがひとつ入っていた。彼はそのカバンの中を物色した。中には衣類ばかりが入っていたが、それのサイドポケットの中を調べると、現金が入った封筒を見つけた。封筒には銀行の名前が印刷されている。訪問者は封筒ごと自分の懐に納め、何くわぬ顔をしてその場から立ち去った。