12月20日 日曜日 14時05分 佐竹宅

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12月20日 日曜日 14時05分 佐竹宅
第三章 2
五の線 第二十四話.m4a.mp4
MP4動画/オーディオファイル 15.6 MB

アサフスで購入した花が入った箱を手にして自宅に帰ってきた佐竹は、それをダイニングテーブルの上に置いた。そしてテーブルの端に置かれたノートパソコンを立ち上げた。佐竹は花が入った箱を丁寧に開封して、その中身を取り出した。子豚のかたちの鉢に三種類の花が奇麗に収まっている。佐竹は花に関する知識は持ち合わせていない。だから、それらの花がどういった種類のものなのか分からない。佐竹の部屋には植物の類いは一切なかった。あるのは雑誌書類、パソコン、テレビ、その他家電、家具といったもの。実用性のみを追求した部屋となっており。この部屋に植物が加わるのはある種異色であった。しかし、そう言った環境だからこそ、花の存在感は大きかった。

起動されたパソコンは自動的にメールソフトを立ち上げ、23件の未読メッセージを表示した。それらのメールの件名は「今からでも間に合います」、「ポイント2倍」、「プレゼントで失敗しない方法」などとクリスマスに向けた購買意欲を喚起させる目的のものばかり。いわゆる商業メールだった。いつもの佐竹ならば、そのメールを一括選択して削除するのだが、赤松からの話しを受けて、山内美紀との接点を持てる可能性を見出した現在においては、それらのメールは彼にとって気にかかる情報の山だった。佐竹はそのメールをひとつひとつ開いて読む事にした。

メールを読み進めて行くと、佐竹は一つの記事に注目した。

それは三ヶ月前に発売された携帯電話の記事だった。その記事の見出しは「大切な人だから、いつも繋がっていたい」と言うものだった。普段ならば見ただけで虫酸が走り、そのまますぐにゴミ箱行きとなるような見出しだが、発売当初から佐竹はその端末を欲しいと思っていたので、その記事を読む事にした。

「待ちに待ったクリスマスイヴ。それは大切な人と一緒に過ごす特別な日。クリスマスプレゼントは準備した。レストランも予約した。準備は万端。あとはその日を待つだけ。きっと素敵な一夜を過ごせるはず。でも、その大切な人とはクリスマスに限らず、これからもずっと一緒にいたいですね。そんなあなたと恋人を京柴のKS909はいつも繋げます。その優れたデザイン性と機能性が評価され、9月に発表されてから売り上げ第一位を連続更新してきたこの携帯電話に新たな機能が追加されました。パソコン上のスケジュールやメールの同期機能、そしてフルブラウザ機能です。携帯電話とパソコンの親和性を高めました。今まで個人のスケジュール管理をパソコンで行っていましたが、京柴KS909をご利用いただくことで、いつでもどこでもパソコンと同期され、しかもパスワードを知っている人なら、それらの情報をシェアする事ができます。もちろん携帯電話での情報の更新も簡単。これで大切なあの人と自分の情報をいつでも共有する事ができます。

大切な人はなにも恋人に限った事だけではありません。ビジネスシーンにおいてもあなたにとって大切な方がいます。京柴KS909ではパソコンのメールアカウントの同期を可能にしました。これで今までのようにパソコンを起動していちいちメールチェックをしていた手間を省く事ができ、大切な取引先とのメールでの情報交換をダイレクトにそしてスムーズに行う事ができます。そのスピーディなあなたの対応に、取引先は満足することでしょう。

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あからさまにクリスマスプレゼントにどうぞといった売り込みではなく、製品の特徴を活かす情景描写をする事でさりげなく購買意欲を湧かせる記事である。その記事の最後には専用のサイトへ誘導するためのリンクが貼ってあった。佐竹はそのリンクをクリックしてさらに詳細な情報を閲覧した。

佐竹は社会人となって特段派手な生活をしてきた訳ではない。自分が乗っている車は軽自動車。ブランド品も身につけていない。どちらかというと地味なほうだ。見た目で誰かの気を引くと言ったようなこととは縁遠い生活を営んでいる。佐竹は自己完結できて実用的なものに魅かれるものがあった。その代表格が家電量販店で取り扱われる機能性ばかりを追い求めた商品群である。この京柴KS909もそうだ。その機能美に魅了されているが故に、それを所有したくなるのだ。

―30,000円か…。

自宅でネットを使って、いろいろな調べものをしていた時に、仕事において役に立ちそうなサイトを見つけることがある。それらを後日得意先や職場の人間たちに教えようとしても、うる覚えで明確に教える事ができない。不確かな情報は聞き手にとってそれほど重要な情報でないと認識され、そのまま埋もれてしまうことはよくある。しかし、この携帯端末を持っていればその場でダイレクトに情報を閲覧できるため、そのような問題は起きない。また、メルマガに貼られたリンクにも時々はっとする情報がある事がある。パソコンのメールアドレスにメルマガ関係の情報を一元管理している人間にとって、この携帯の同期システムは有益である。

―今度ショップに行ってみよう。

佐竹はふとパソコンから目をそらして、アサフスで購入した花を見た。そして、「12月の花」というキーワードで検索をかけた。そこで引っかかった最上位のサイトを開いた。12月に咲く花というページに、複数の写真が表示されていた。佐竹はそれらの写真と、目の前にある実際の花を見比べて、三種類の花が黄水仙、雪ノ下、プリムラである事を知った。そして佐竹はそこに補足で書かれている花言葉に目をやった。

 

黄水仙 愛にこたえて

雪ノ下 切実な愛情

プリムラ 永続的な愛情

 

全ての花言葉に愛という言葉が入っていた。

山内美紀に「プレゼントですか」と尋ねられ「そうだ」と答えた結果、この種の花が揃えられたのだろうか、などと一瞬自分にとって都合のいい解釈をしようとしたが、よくよく考えてみれば、この時期に花をプレゼントする状況というものは限られてくる。店に飾ってあったのはまさしく、今の時期にふさわしい花の詰め合わせだったのだ。「展示してあるものと同じものが欲しい」と言えば、必然的にそのような意味をもあった花が詰め合わせてあるはずだ。

当たり前の事に気づいたが、佐竹は内心少し残念な気持ちになった。

―なに浮き足立ってんだ、俺。

佐竹はメールをひととおりチェックして、赤松から山内美紀とのきっかけを提供されただけで、気分がふわついている自分に気がついた。

―そうだ、一色はどうした。

佐竹はニュースサイトを開き、そのトップを飾る熨子山連続殺人事件の記事を読んだ。しかし更新時刻は11時が最新で、その後の新しい情報はこの場にはもたらされていない。

―それにしても、あいつ何で赤松のところに行ってたんだ。まさか、殺人の下見か…。あいつは警官だ。警官なら俺の住所も知っているはずだ。…村上のも…。…と言う事はその気になればどうにでもできる…か。

冷静に考えてみると、身を守るという受け身の事しかできない事に気づいた佐竹は村上の事を思い出した。村上は佐竹との今朝の電話の中で、一色貴紀が容疑者であるのは何かの間違いだとの立場から、何かしらの行動を起こす旨を佐竹に伝えていた。一色がその凶悪犯罪の犯人であると仮定するならば、非常に危険な事である。

―しかし、俺は一色に殺される謂れが無い。

いろいろと考えを巡らせているところに一通のメールが佐竹の携帯に届いた。見覚えが無いアドレスだ。件名には「村上です」とあった。

「村上?」

佐竹は本文を読んだ。

『さっきは熱くなってしまってすまん。携帯で入力するのが面倒くさいので、パソコンからのメールだ。

さっき熨子山を通ってきた。検問していたよ。一色が拳銃を持って未だ逃走中だから気をつけてくれって警官に言われた。

俺も何の仕事をしているのか、今からどこに行くのかとか色々聞かれた。警官の様子を見る限り、あいつら一色の行方について、何の手がかりもなさそうだ。一体あいつはどこに逃げているんだろう。俺も少し怖くなってきた。

今日は本多がこっちに来るから夜遅くなる。また、明日の晩にでもお前んところに電話するよ。』

佐竹は村上のメールを一読し「わかった」と返信し、再びパソコンに向かい合って調べものをし始めた。