ひととおり説明した赤松は手元に置いてあるメニューに目を通し、その中から定食を頼んだ。佐竹も赤松と同じものを頼む事にした。
「今になって考えてみれば、あいつがウチの店に来てから何度か警察が来た事があったよ。当時はあいつが警察だってことも知らなかったからな。」
佐竹は胸ポケットにしまってあった煙草を取り出してそれをテーブルに置くと赤松に「どうぞ」と促されてそれに火を付けくわえた。
「何をしに。」
「俺の親父、六年前に事故で死んだだろう。」
紫煙を口から勢い良く吹き出しながら佐竹は頷く。
「そのことについて、母さんにいろいろ聞いていたんだ。」
「今更どうして。」
赤松は手持ち無沙汰そうに自分の人差し指にできたタコのようなものをかりかりと左手でいじりながら話す。
「わからんよ。でも当時の事は母さんしかよく分からんからな。おれは京都でサラリーマンしていたし。」
「母さんに聞かなかったのか。」
「…聞いたけど、あんまり詳しくは答えてくれなかった。事故の当時は母さんも親父が死んだ事にかなりショックを受けていたから、俺としてはそれ以上、あんまり突っ込んで聞く気にはなれなかった。」
佐竹はそっと灰皿まで手を伸ばし、落ちそうになったタバコの灰を人差し指で軽く叩いて落とし、再度それに口をつけて吸い込んだ。
「だから、俺としては正直複雑なんだよ。この事件についてはにわかに信じる事ができないんだ。」
「すまん。久しぶりにお前に会ったと思ったらこんな形で。」
「いや、こっちこそ久しぶりに会えて嬉しかったよ。」
注文の品が出てきて、佐竹は煙草の火を消した。二人は定食に箸をつけ始めた。
「赤松さ。」
「何だ。」
「怖くねぇか。」
「ん?」
「俺さ、怖いんだよ。一色の事が。」
赤松は食事を食べながらうつむいたまま話す佐竹を黙って見た。
「まだ捕まっていないだろ。」
「おう、そうだな。」
「ひょっとすると俺らの方まで何かの形で巻き込まれそうな気がするんだ。あいつとは全く関係がない間柄でもないしさ。」
佐竹がこの事件に関して無視を決め込みたかったのは、そういった感情を封殺するためだったのか。心細さから自分に会いにきたのか。赤松は佐竹の心情を彼なりに解釈した。
「ちょっと待っていてくれ。」
そう言うと赤松は食事も途中のまま、外に出て行った。しばらくして彼は頭や肩に雪をつけてひとつの箱を持ってこの場に帰ってきた。そしてその箱についた雪を手で払って佐竹に渡した。
「これ。」
赤松は佐竹にその箱を手渡した。
「ああ、さっきお前が注文してくれたやつ。」
「あ、すまん。」
「お前、これ誰に上げるんだ。」
「いや、別に…。親にでもやろうかな。」
赤松は口元に笑みを浮かべ。
「お前、ウチのバイト気に入ったんだろ。」
「なんで…そんな事ねぇよ。」
少々口ごもりながら佐竹は食事を続けた。
「お前、顔がにやけていたぞ。ばればれなんだよ。」
気づくと赤松は食事を終え、備え付けのコーヒーに口をつけていた。
「お前、今も独身か。」
「大きなお世話だ。」
最後に残っていたみそ汁を一気に飲み干し、再度煙草に手をつけそれに火を付けた。
「三十六歳で独り身なら出会いの場も少ないだろう。」
佐竹は一瞬赤松の顔を見た。そしてうつむき加減にぼそぼそとした感じで話す。
「まあな…。」
赤松は読みが当たったことに思わずほくそ笑んでしまった。
「あのな…ウチのバイト。あぁ美紀。山内美紀って言うんだけど、クリスマスは予定がないそうだぞ。」
「はぁ?」
「はぁじゃないだろ。いい子だよ、あの子は。なんなら俺がちょっと様子をうかがってみても良いけど。」
思いがけない赤松からの提案に佐竹は動揺した。
「別にそんなんじゃねぇよ…。」
齢三十六ともなる大の大人が、顔を赤らめながらも虚勢を張り、傍にあった週刊誌に手をつけて興味なさそうに振る舞った。しかし、先ほど自分の目で見た美紀の姿が頭から離れずにいる自分に気づいた。佐竹は今朝、これからの自分像を考えていたことをふと思い出した。
―結婚は無いな。
直視したくない現実に無視を決めつけて、それを斬り捨てていた自分に一縷の望みが赤松から今、差し出されていた。
よくよく考えてみれば、今自分は一色が起こしたと思われる事件に関して内心では恐怖を抱えながらもそれに対して無視を決め込んでいる。目を背けたいだけなのではないだろうか。女性関係もそうだ。再び同じような思いをしたくないという恐怖心から逃げるため、はじめからそういった類いのものは無いものとしてそこから逃げているだけではないのだろうか。佐竹に複雑な思いが去来した。
「まぁお前にその気がないんだったら深入りはしないが。」
ここで拒否しては今までと何も変わらない。現状からの変化を望んでいたのは自分の方だ。そう思った佐竹は赤松と改めて向き合って彼の顔を見て言った。
「頼んでいいか。」
赤松はにやりと笑って「わかった」と快諾した。
「でもな、おれはあくまでも情報提供するだけだ。動くのはお前だからな。」
佐竹は「すまん」と軽く赤松に頭を下げ、おもむろにズボンのポケットから財布を出して、花の代金を支払おうとした。
「いいよ、お代はいらん。それよりも目の前の課題をクリアする事に集中してくれ。」
何度も支払いの意思を示すが、赤松はそれを固辞した。
「いやな、久しぶりにお前に会えて嬉しかった。今起こっている事件について誰かと腹割って話したかったんだよ。すこしだけ気持ちが楽になった。」
佐竹は赤松の意思が固いと判断して財布をしまった。
「俺こそお前に感謝している。おかげで気が紛れた。」
「頑張れよ。また連絡する。」
「お前もな。」
二人はそう言うと席を立ち、ドミノを後にした。店の外は雪が舞っていた。
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