12月20日 日曜日 10時55分 フラワーショップ「アサフス」

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12月20日 日曜日 10時55分 フラワーショップ「アサフス」
第二章 2
五の線 第十六話.m4a.mp4
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朝から振っていた雨は雪に変わっていた。世間一般では金沢は雪国としてのイメージが強く、十二月の金沢といえば「雪吊」が施された兼六園の風景が有名である。樹木の幹付近に柱を立て、その先端から各枝へ放射線状に縄を張り巡らせることで枝を保持するのが雪吊り。この威力が発揮されるのは一月半ばから二月にかけて。この間一番雪国らしい天候が続く。昔は十二月の段階で積雪となっていたが、近年は地球温暖化の影響なのか、この時期に積雪といえる程の雪が降り積もる事は無い。

佐竹はアサフスの駐車場に自分の軽自動車をバックで止め、しばらく目の前にあるアサフスの店内の様子を伺っていた。

フロントガラスにいくつもの雪が付き、定期的に左から右へワイパーがそれを除ける。ガラスの右の端にはうっすらと雪が溜まってきていた。アサフスの駐車場には自分以外には乗用車は一台だけ止まっている。佐竹は客がいなくなるのを待っていた。

客と思われる一人の女性が店から出てきたのを確認して、佐竹はエンジンを切り、車から降りてそこへ向かった。

「いらっしゃいませ。」

アルバイトと思われる若い女性が店内で作業をしながら声をかけた。

佐竹はそれとなく客の振りをして地面に置いてある花や観葉植物に目をやった。しかし彼はあまりそれらに興味が無いため、その動きに落ち着きが無かった。店に置いてある植物たちに目をやりながら、赤松がいないか確認をするも彼の姿は見えない。

「プレゼントですか。」

女性店員が佐竹に声をかけてきた。

気づくと子豚の形の鉢に三種類程の花が詰め合わせてある商品の前に立っていた。

「ああ、ええ。」

「それ、最近人気があるんですよ。花もかわいいんですけど、子豚の鉢がいいって評判ですよ。お客さんが今見てらっしゃるのはディスプレイ用なんで、もしよろしかったらお好きな花を選んでくれれば、こちらでその豚さんに詰めて差し上げますよ。」

女性は屈託の無い笑顔で対応してくれた。目鼻立ちがくっきりとした佐竹のタイプの女性だった。年齢は自分よりひとまわり程若いだろうか。この瞬間、今日の朝に結婚の事について考えていた自分の姿を思い出した。

「じゃあ、それと同じやつでお願いします。」

別に誰にあげる訳でもない。ただなんとなく買う気になった。単に佐竹のスケベ心からくるものであることは間違いない。自分の口元がなぜか若干緩んでいるのが分かった。

「ありがとうございます。それじゃしばらくお待ちください。」

そういうと女性は鉢を取りに店の奥へ入っていった。店内には佐竹しかいない状況になった。

電話の音が鳴った。店の奥から店主と思し召しき男が出てきて電話をとった。

身長は百六十センチ程の小柄な男は、物腰柔らかに電話の応対をしている。彼の頭には白髪が散見された。天地の低い銀縁の眼鏡をかけ、あごひげを蓄えている。

「そうやねぇ、いつご入用ですかねぇ。」

金沢独特の語尾を伸ばす方言で電話の先にいるお客と会話をしている。

「二十五日け。ちょっと待ってねぇ。」

そういうと男は店内をきょろきょろと見渡し、こちらを見て動きが止まった。目が合った瞬間彼の顔つきは硬いものになった。ひと呼吸おいて男は目を細めて佐竹の奥の方を見た。佐竹は振り返ると、すぐ側の壁にB2サイズの月表カレンダーが貼ってあることに気づいた。

「うん。大丈夫やよ。そしたら用意しとくし、その日の午前中に配達するさかいよろしくね。」

男は手元にメモを取りながら「ありがとう」と言って電話を切った。

「赤松…。」

佐竹は男の方に寄って行き、彼の名前を呼んだ。

「久しぶりだなぁ、お前も見たのかニュース。」

赤松は真剣な顔で佐竹の目を見た。

「俺も丁度お前に連絡しようと思ってたんだ。」

「お待たせしましたぁ。」

店の奥から女性店員が子豚の形の鉢を持ってきた。彼女は佐竹と赤松が向かい合っているところからどちらに言うわけでもなく「お知り合いですか」と声をかけた。

「ああ、俺の同級生。」

赤松が答えた。

「何、これお前買ってくれるの?」

「まあ…。そうだけど。」

「プレゼントだそうですよ。」

本当は別に欲しくもない花だが、何となく流れで買ってしまったなどと言える訳もなくとりあえず佐竹は答えた。

「ありがとうございます。」

そう言って赤松は佐竹を見た後、続けて女性店員を見た。そして先ほどまで真剣だった表情を少し緩めた。

「美紀ちゃん。このお客さんのために特別なラッピングしてあげてね。」

「はい。がんばります。」

元気のいい声で答えると、美紀と呼ばれたその女性はその場で花を詰め始めた。

「佐竹、少し時間あるか。」

「ああ。」

「ここじゃ何だから、久しぶりに『ドミノ』でも行かないか。」

「いいけど、お前仕事は大丈夫なのか。」

「大丈夫だ。仕事より大事な事だってある。先に行っててくれないか。俺は少し片付けなきゃ行けないことがあるから、十分程したらそっちに行く。」

「わかった。けど、その花はどうする。」

「その時に俺が持っていくから。ああ、お代はその時で。」