12月20日 日曜日 10時17分 本多善幸事務所

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12月20日 日曜日 10時17分 本多善幸事務所
第一章 8
五の線 第十四話.m4a.mp4
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「また連絡する。」

そう言うと村上は佐竹との電話を切り自分のデスクに戻った。傍にいる女性が東京の事務所から電話がかかってきている旨を告げたので、村上は保留にしてあった電話に出た。

「はい、村上です。」

「お疲れさまです。東京の野田です。村上さん、テレビ見ましたよ。」

野田は議員会館における本多の事務秘書である。年齢は村上より上の四十二であるが、村上の方が本多の秘書経験が長いため先輩に当たる。

「先生からさっき電話があって、地元で起きた事件なので大変心配しているようでした。村上さんに対応を任せると言ってました。」

「いやぁ、野田さん。僕も地元にいて長いんですが、こんなひどい事件ははじめてですよ。とりあえず身元が判明している被害者のお宅には、私かこっちの事務所の人間が行くように段取りしています。先生にはご心配なさらないように伝えてください。」

―任せると言われてから動いていたら遅いんだよ。

「それにしても警察幹部の犯行と疑われているようですね。今回の事件。」

「ええ、そのようですね。」

「こっちの方じゃ警察庁がぴりぴりしていますよ。何せキャリアですからね、容疑者は。」

村上の頭に一色の顔が浮かんだ。

「とにかく私としては犯人が早く捕まって欲しいという事と、まだ身元が分かっていない人いるでしょう。まぁその人の身元が早く判明して欲しいという事だけですよ。」

「そうですよね。犯人は未だ行方知らず。村上さんも注意してくださいよ。」

電話の内容はどうでも良いものだった。ただ、野田の電話で世間が容疑者=犯人として扱われている現実を知った。まだ一色は容疑者である。犯人は一色であると決まった訳ではないのに、世の中がそう動いている。情報の伝播の早さと何の疑いも持たず決めつけで行動する人間の怖さを村上は感じ取っていた。

「村上さん?聞いてます?」

うわの空だった村上は野田と話していた事を思い出した。

「村上さん。先生は十四時二十五分羽田発の飛行機でそちらに向かいます。十五時小松空港到着の予定に変更はありませんので、車の手配をよろしくお願いしますよ。」

「あ、はい。」

「どうしたんですか、村上さん。なんか変ですよ。」

村上は電話を切ると両目の鼻の付根を指でつまんで目を瞑った。自分は少し疲れている。今日の段取りを部下に指示すると村上は事務所を後にした。