12月20日 日曜日 9時38分 本多善幸事務所

ダウンロード
12月20日 日曜日 9時38分 本多善幸事務所
第一章 2
五の線 第八話.m4a.mp4
MP4動画/オーディオファイル 10.8 MB

「ありがとうございます。これもひとえに支えてくださった皆様のお陰です。」

村上隆二は事務所に代わる代わる顔を出した支援者達に平身低頭だった。

「先生にはもっと頑張ってもらわんとな。」

「地域の活性化に全力を尽くしてくれ。」

「夢を現実にして欲しい。」

「次は総理大臣。」

などと様々な要望を本多の代わりに村上は受け止めた。

支援者の大半は建設業界関係者。今回の本多国土建設大臣誕生は多いに期待するところである。

折からの不況と公共工事の予算削減の中、この業界では極めて厳しい風が吹いている。当選当初から本多善幸は北陸新幹線建設促進会に参画。石川、福井、富山、新潟、長野、群馬の各県の代議士や自治体の首長たちと連携をとって長年政府に働きかけを行ってきた。そして民政党幹事長時代に着工にこぎ着けた。ついに今回政府の公共事業部門のトップに上りつめたことにより、この流れを絶やさぬように粛々と工事を進めて行く事が本多の議員人生の集大成でもあった。財政再建路線によって活力を失いかけている地域に元気を取り戻させるのだ。新たな雇用も創出できる。

これが大義名分だ。考え方は決して間違ってはいない。

だが本多の支持者の関心事は多重型国土軸形成といったような長期的なビジョンではない。本多を支援してきたその見返りとして、その国家的プロジェクトに便乗する形でなんらかの仕事を期待していた。

つまり、

「先生にはもっと頑張ってもらわんとな」という言葉は「もっと地元に仕事を回してくれ」ということでもある。また、「地域の活性化に全力を尽くしてくれ」は「国家のお金を地元に落とすよう全力を尽くしてくれ」ともとれる。「夢を実現してほしい。」の夢は国民総意の夢というより、むしろ北陸新幹線整備に関わる特定業者および関係団体の夢と置き換える事が出来る。また、「次は総理大臣。」という声はそれに就任する事で、この計画の更なる充実を図って欲しいとなる。

国会議員は国民の代弁者という。しかし支援者と言われる人間のほとんどが特定の業界関係者であり、議員自身も必然的にそういった連中とばかり顔を会わせる事となる。実情がそうだから世間一般では「国民目線での政治」と言っても説得力は無いに等しい。一部の人間の代弁者としての色彩が濃くなるのである。

村上は国会議員の秘書という仕事を通じて、そのギャップを肌身で感じていた。彼は彼なりの理想を抱いて地元選出の衆議院議員である本多の門を叩き政治の世界に飛び込んだ。しかし現実は厳しいものだった。愛犬の世話や家の掃除等の身の回りの世話から始まる秘書生活はまさに丁稚奉公だった。独特の閉鎖的社会における人間関係にも苦労をした。そんな中、彼はある段階で私心を捨てて働くことを決意し、自分の信条をねじ曲げてでも本多のために様々な策を講じて尽くすことにした。それもこれも自分の信ずる大義を実現するためだった。

秘書になった当初の三年間は苦悩と葛藤の日々で何度も逃げ出そうと考えた。しかし気づけば秘書歴十二年。同じ秘書の中では異例の早さで二年前から選挙区担当秘書を任されている。選挙区担当秘書の働きは議員の当落を決定する極めて責任が重いポジションだ。村上は目的を完遂するために、地元において後援会組織等を統括し本多の分身として振る舞い、時には彼の影となり本人では出来ない汚れ役も進んでやってきた。

「先生はいつ金沢に戻られるんだ。」

支援者のひとりが村上に尋ねた。

「はい、本多は一刻も早く皆様にご挨拶を申し上げたいとの事で本日十六時にこちらに駆けつけます。」

「そうかそうか。」

満足そうに男は大きく頷いた。

本多の支援者は自分が本多善幸という議員を作り上げてやったと思っている人間が多い。だがそういう者に限って政治資金の寄付はたいしたことは無いものだ。こういった人間は自尊心が非常に強い。常にこちらは下手に出て相手を持ち上げるに限る。

「そのことはちゃんと後援会に伝わってとるんか。」

―この男は仕切りたいタイプか。ならば先に謝っておいた方が良い。

「大変申し訳ございません。そのことは今日の未明に決まったことなので未だ連絡は致しておりません。ただちに各後援会に連絡させていただきます。」

「うむ、わかった。わしも皆に連絡しよう。」

その男が事務所を後にするとぱったりと来客者はなくなった。来客者の第一波が過ぎたようだ。村上は事務所の休憩室へ向かい、そこに用意されているソファに深く座った。

「ふぅ。」

自然と声が出た。しばらく天井を見つめた。そして目を瞑る。一瞬で睡魔が彼を襲ってきた。村上はそれを払いのけるように立ち上がり、テーブルにおいてあるリモコンを使ってテレビをつけた。

テレビでは「ひとり千円で目一杯楽しむクリスマス」なる特集をしていた。

クリスマスと言えば一年で一番財布の紐が緩むと言われる時期である。近年の経済不況は国民生活に影響を与えており、クリスマスにおいてもそれは例外ではなかった。

―だったら無理してクリスマスなんかしなくていいじゃねぇか。

どうにかこうにか消費マインドを喚起させようとするメディアの特集内容に村上は呆れた。

―おめでてぇな。

村上は大のマスコミ嫌いだ。そしてその嫌いな連中が流す情報に踊らされる一部の人間も忌み嫌った。村上は情報の受け手に思考をストップさせ、世論を意図的に形成できる力を持つテレビという媒体を特に嫌っている。

特集は東京で今年注目の格安クリスマス商品とイベントを数点列挙して終了していた。

「えー、ここで再びニュースをお届けします。捜査本部が置かれている金沢北署の氏家さんと中継が繋がっていますので呼んでみたいと思います。」

メインキャスターはそう言って画面が中継現場に切り変わった。画面の左上部の小さな画面にメインキャスターの顔が表示されている。氏家というリポーターは金沢北署をバックにマイクを持って立っている。

―北署じゃねぇか。何があったんだ。

村上は見覚えのある風景がテレビに映っていることに驚いた。

「氏家さん。その後新しい情報は入りましたか。」

リポーターはそれに答えた。

「はい、私は現在今回の事件の捜査本部が置かれている金沢北署の前にいますが、記者会見が行われる十時を前にして各局の報道陣が続々とこちらに集まっている状況です。私ども報道関係者には事件の大まかな内容は事前に警察側から伝わっていますが、今回重大な発表があるとのことで十時の記者会見を待っている状況です。」

画面左上のメインキャスターがリポーターに尋ねる。

「氏家さん。重大な発表があるということですが具体的にどういった発表であると思われますか。」

「はい。えーおそらく事件の捜査について大きな進展があったと思われます。それは会見で明らかにされることと思いますので、現在のところその詳細に付いては未だ解っておりません。」

「そうですか。氏家さん、今回の事件は凄惨なものですが、地元の皆さんの様子といったものはどうでしょうか。」

「はい。今回合計四名の被害者が出ているとのことで、ここ金沢市においては過去に類を見ない重大な事件で、地元住民の間では不安の声が上がっています。ある六十代の地元住民は『信じられない。こんな地方都市でもこのような事件が起こるとは思っていなかった。今後は外に出歩くのを控えようと思う』と言っていました。」

―なんだ、なにが起こったんだ。

この時点で村上の眠気は吹き飛んでいた。

「そうですか、ありがとうございます。また新しい情報が入りましたらお伝えください。」

小さな枠に収まっていたメインキャスターは全画面で表示される。

「えー今日金沢市で四体の遺体が発見された事件に付いてお伝えしました。記者会見の模様は随時お伝えしていきます。では次はスポーツの話題です。」

村上はテレビを消した。

―マジかよ。でかい事件だな…。被害者は誰なんだ。

村上は踵を返して仕事場に戻り、詰めているスタッフに事件が発生したことを伝え、被害者が明らかになった時点で、弔電および弔問の手配を行うよう指示した。