12月20日 日曜日 9時08分 佐竹宅

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12月20日 日曜日 9時08分 佐竹宅
第一章1
五の線 第七話.m4a.mp4
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朝目覚めると佐竹は激しい頭痛に襲われた。今になって昨日の痛飲の反動がやってきた。せっかくの休日だが、このまま眠っていてもいい。

休日故デートといきたいところだが、あいにく今は相手がいない。

この年齢になって地方都市での独身生活というものは結構応える。周囲は殆ど皆結婚しているし、気安く誘う訳にも行かない。それにこれと行った用件もないし娯楽も無い。

昔は特に用事もなく気の合う連中が集まってドライブに出かけたり、街へ飲みに繰り出していたが、不思議なもので年齢を重ねると友人を誘い出すのに大義名分が必要になってくる。結婚し子供がいるような家庭ならばなおさらの事だ。

佐竹は昼過ぎまで再び寝ようとした。

目を瞑ったがなかなか眠りにつけない。追い打ちをかけるように自分の脳がいろいろなことを勝手に考え始めだした。

二十四時間後には一週間が始まってしまう。そう思うと自由になる時間は自分にとって有益に使わなければ損である。惰性で生活していては現状からの変化は望めない。

昨日の服部の結婚式に参加していて自分がそう思った事を思い出した。

どういった変化を望むのか。仕事のスキルアップかそれとも結婚か。

しばらく考えたがこの二つしか頭に浮かばない。そんな自分に落胆したが、これが自分だと割り切った。

どちらも望むところだが、仕事において佐竹は順調に昇進している。金沢銀行に入行して14年。現在駅前支店の支店長代理の役に付いている。同期入行した連中は係長もしくは主任であり、その中では出世が早い方だ。仕事をいきがいとして猛烈に取り組んできた訳ではなく、また資格試験を積極的にパスしてきた訳でもない。ただ単にこの金融機関の仕事が好きだった。結果、今日がある。特に野心を持ち合わせていない佐竹には、これ以上仕事に求める事は無い。

―となると結婚か。

しかし正直、結婚願望は無い。それをする事で何が幸せなのか解らない。昨日の結婚式で新郎の服部が新婦を一生守っていくといっていたが、 そのような気持ちを女性に対して持った事が無い。

いや、思った事はあった。しかしその対象の女性と破局に至ってから佐竹は女というものに不信の念を持つようになっていた。

不確かなものを婚姻届という契約と扶養という義務で形式上確かなものにする。そういった事でしか結婚の意味を汲み取る事ができない佐竹には、それは将来の人生設計の担保にすらならないと考えていた。

―(結婚は)無いな。

次から次へと自問自答してしまうこのような状態では眠りにつくことなどできない。寝る事を諦めた佐竹は体を起こして洗面所に向かった。おもむろに歯を磨き始め、ブラシをくわえたままリビングへ戻りテレビのスイッチを入れた。テレビでは全国ネットの朝の情報番組が流れていた。

金曜日に行われた内閣改造による新しい顔ぶれの紹介をメインキャスターが報じ、数人のコメンテーターがそれに対して論評していた。彼らは新鮮味がないとか、旧態依然とした顔ぶれ、派閥均衡人事、お友達人事と好き放題に論評している。確かに六十代後半以上の世代ばかりで構成されたこの内閣に新鮮味はない。話題性が特にないこの内閣改造で敢えて注目するならば、石川県出身の代議士本多善幸が国土建設大臣に就任したことだろうか。

本多は当選六回の与党民政党のベテラン議員であり、時期総裁候補と目される人物でもある。石川県からはまだ総理大臣は輩出されていなかったので一部の県民には本多総理の誕生を待望する声もある。

本多代議士は佐竹にとって全く関係のない人間ではない。彼は佐竹が勤務する金沢銀行の専務取締役の本多慶喜の実兄でもあるからだ。

政治に全く関心を示さない佐竹であったが、本多代議士の動きは注視していた。確かに役員の実兄であるという事情もあるが、それよりも佐竹の親友である村上が本多代議士の選挙区担当秘書を勤めていたためだ。

―国土建設大臣か…。

国会議員の本多善幸と金沢銀行の本多慶喜は金沢の総合建設業「マルホン建設株式会社」の創業者である本多善五郎の息子である。

マルホン建設は公共事業を主とした建設土木工事を生業としている。五年前より政府は財政再建路線の立場を取り、公共事業の見直しを図っている。この政策の影響をもろに受けたのは建設業界だった。契約金額は減少し、受注量も激減した。今までに財務状況が悪化し数々の会社が倒産した。マルホン建設の財務状態も例外ではなく、二期連続の赤字といった状況だった。

そのなかで突然、この日本全体を不況の波が襲った。これは建設業界にとってはダブルパンチだった。今までに無いスピードで会社の倒産が続いた。

このまま財政健全化を加速させていくと、さらに建設業界は危機的な状況に陥ってしまう。建設業界の望みはこの政策転換であった。

マルホン建設は佐竹の勤務する金沢銀行駅前支店の顧客。佐竹はこの会社の担当者でもある。融資の実行の権限等は当然支店長以上の役席にあるが、佐竹も現場でその財務諸表に目を通しているので内情は解っている。また、マルホン建設に主として訪問するのは佐竹なので、会社内の雰囲気は誰よりも彼が知っている。

現在、金沢銀行のマルホン建設における債権の一部は貸出条件緩和債権となっている。金沢銀行における自己査定区分では要注意先であるが、今後の業況によっては破綻懸念先へと格下げしなければならない厳しい状況にあった。慢性的な債務超過体質がマルホン建設の財務状況を圧迫している主たる要因で、その状況下で業績不振と不況の波が重なってくると先は見通せない。

今回の新内閣においては従来の財政再建化路線を一旦中止し、積極的に財政出動して公共事業を行う事で、景気浮揚を図るという政策転換を唱えていた。

この流れの中でマルホン建設の創業者の息子が公共事業の総元締である国土建設大臣に就任したことは意味深い事だった。

―これでマルホン建設に仕事が流れるチャンスが出てきた…か。

再び洗面所に戻って洗顔をする。真冬の冷たい水道水は佐竹の顔面を引き締める。

―村上も大変だな。

顔を拭き鏡に映る自分の姿を見ると、頭のあちらこちらに白髪を発見した。それを二三本抜き取ったが、次々に発見されるそれには無駄な抵抗だとあきらめた。

「たった今ニュースが入りました。報道フロアからお送りします」

自分の頭髪に気をとられていた佐竹は振り向いてテレビに目をやると、ひとりのアナウンサーが複数のモニターが並ぶ報道フロアを背に立っていた。報道フロアではスタッフが慌ただしく走り回っている。

「今日未明、石川県金沢市の山中で二体の男性と思われる遺体が発見されました。また、その六時間後の午前六時半頃にも付近で男女二名の遺体が発見され、警察としてはこれらを何らかの関連があるものとして捜査をしています。」

アナウンサーがそういうと画面が代わりVTRとなった。

鑑識と思われる捜査員が暗闇の中、小屋の周辺でフラッシュを焚いて撮影する姿や、指紋を採取する様子、鑑識同士が話す映像が流れた。

アナウンサーはその映像を補うように原稿を読む。

「今日未明、付近住民の通報から石川県金沢市の北東部にある熨子山山中の小屋から男性二名と思われる遺体が発見されました。遺体には数多くの傷が確認されており、警察は二名の身元を調べると同時に彼らが何らかの事件に巻き込まれたものとして捜査をしています。また、それから六時間後の午前六時半頃、始めに遺体が発見された小屋から車で十分程先にある展望台に男女が倒れているとの付近を通りがかった人からの通報により、新たに二体の遺体が発見されました。警察では始めに発見された二体の遺体と、その後発見された二体の遺体の損傷状況が似ている事から、その関連についても捜査本部を設置して捜査をしています。」

VTRは終わり、報道フロアのアナウンサーの画面に切り替わった。追加の原稿が画面の外のスタッフからアナウンサーの手元に手渡される。

「えー、警察ではこの事件に関して本日十時から記者会見をするとの事です。本日金沢市の山中で起きた事件に関して十時から記者会見を行う予定です。以上ニュースを報道フロアからお伝えしました。」

画面が先ほどの情報番組に変わる。

「はい、ありがとうございました。え、この事件に関しては新しい情報が入り次第、番組内でもお伝えしていこうと思います。」

メインのアナウンサーは情報を整理し、席を並べるコメンテーターにたった今入ったニュースについての意見を求めて次のクリスマス特集へと移った。

―おい、ここ(金沢)の事じゃねぇかこの事件…。

佐竹は自分の住んでいる地方都市で、全国ネットの情報番組に割り込んで報道される事件が起こったことに驚きを隠せなかった。

しかも事件現場である熨子山は佐竹が住むアパートから車で十五分程の距離にあり、そう遠くない。

「気持ち悪いな…。」

普段と全く変わらない平和な休日が、たった今伝えられた情報によって佐竹をえも言われぬ不気味な空気で覆った。しかしそれはしばらくして無くなった。テレビというフィルターを通して生成され伝わってくる情報はどこか遠いところの情報のように感じられる。

情報が一方的であるためだろうか。確かに身近で起こった事件であるという認識はあるが実感が湧かない。

佐竹はいつもの休日と同じくトーストとコーヒーを用意した。