創り出すということ

本日16時からiPhone5の予約受付が開始されました。

3G→4と購入してきた私にとって垂涎のガジェットです。

 

学生時代、ある外国人教師に映像の編集というものの手ほどきを受けました。その時、彼が使用していたのがMacintosh。PCに何の興味も示さなかった私に衝撃を与えたのがMacでした。動画の制作というものはごく限られた設備を持った専門職の人にしかできないこと。しかしパソコンで動画編集ができるということはひょっとして近い将来、誰もが持っているPCでそういう芸当ができる世の中になるのではなかろうかと漠然と思ったもんです。

 

情報の世界はドッグイヤー(6,7年で一周)とも言われます。今では漠然と思っていたことが現実となり、更にその先を行くような状況です。

 

個があらゆる表現方法を手に入れました。テキスト、音楽、動画。これらのものは手元にパソコン一台さえあれば何とでも創りだすことができます。

そしてそれを公開する場も得ました。インターネットという世界です。当初はその普及が懐疑的であったYouTubeなどの動画投稿サイト。今では個人の制作物を始めとした投稿で活況に満ちています。

 

「その気になれば、どういった表現も可能」

 

分からないことがあれば、検索をかけてヒントを得る。トライ・アンド・エラーを繰り返せば上記のことは決して大げさでないでしょう。

iPhoneのようなデジタルデバイスは、インターネットに接続してテキスト、音楽、動画といったものを閲覧するにとどまりません。それらをゼロから制作しアップロードまでワンストップでできます。まさに究極の表現端末といえるでしょう。となれば次の段階はどうなるか。そうですシェアです。TwitterやFacebookのようなSNSというものを介してシェアする。しかしこのあたりも随分と成熟してきたように思えます。では次は…

 

現在は世界的な不況と言われていますが、それを物ともしない会社があります。当のiPhoneを創りだしたAppleです。彼らはゼロの状態からスマートフォンと言われる製品を作り出しました。そしてiTunesやiCloudを中心としたデジタルデバイスの世界観を打ち出しました。そして消費者はそれに熱狂します。

 

ゼロから何かを生み出す。しかも生半可な情熱ではなく。

ここがこれから最も重要なものになってくるような気がするのです。

スティーブ・ジョブズはこう言いました。

 

「消費者は何が欲しいのか実はわかっていない」

 

意外性とか独創性とか新しい価値提案のような陳腐な表現ではなく、世界を創りだす気概。そのためにはプロダクトも徹底的に芸術の域にまで高めて世の中に送り出す。Appleに見るこの姿勢がいずれインターネットの表現の場でも、実社会の経済活動においても勝者たる要件になる気がしてなりません。