12月20日 日曜日 0時23分 警察本部通信指令室

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12月20日日曜日0時23分 警察本部通信指令室
序章5
五の線 第五話.m4a.mp4
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「現場の状況はどうだ。」

一課の捜査員の指示を終えた片倉が通信司令室に乗り込んで来た。

「そろそろ熨子駐在所の人間が通報者に接触する時間です。」

片倉は空席になっている司令室のキャスター付きの椅子を転がして、司令官の傍に座りモニターを覗き込んだ。

「通報から何分だ。」

片倉は端的に司令官に質問をする。

「通報時刻は午前0時02分。こちらから指令を出したのが0時16分。正味二十分ですか。深夜なだけに捜査態勢を整えるために時間がかかっていますが、良いタイムでしょう。」

司令官は冷静である。時々、片倉と会話をしながら、淡々と的確な指示を関係各所に出し続ける。そこに現場から無線が入った。熨子駐在所の鈴木からである。

『たった今通報者と接触。通報者はひどく怯えている様子。応援が到着次第、通報者の保護と同時に現場に向かいたい。』

所轄が現場まで10分の位置にいることを確認した司令官は、頷く片倉を見てとりあえずその場で待機するよう指示を出した。とにかく現場の状況を一刻も早く、正確に掴まなければならないが、先ずは通報者の安全保護を優先しなければならない。

通報から現在に至るまでの流れは迅速だ。仮に大きな事件に発展したとしても、マスコミに初動の不備は指摘されまい。片倉は少し息をついて胸ポケットから携帯電話を取り出した。発信履歴を見ると部長の一色の名前がずらりと並んでいる。ー

―部長は俺を試しているのか?

緊急時に部長と連絡がつかないことはこれまでになかった。

確かに一色は自ら捜査現場に赴いて単独で捜査を行う事があった。しかしその際には、必ず部下である片倉に捜査指揮を一任する旨を伝えてから行動を起こしていた。

しかし今回は違う。はじめてのケースだ。

緊急時に上司と連絡がつかないことは組織として極めてマズい。今のこの状態を誰かが気づき上層部に報告でもされれば、上司の行動把握を怠っていたという事で自分に何らかの処分が下るかもしれない。

―今までこっちはあんたの鬼捜査につき合わされて振り回されてきたってのに、肝心な時の連絡ミスなんかでお咎めなんてごめんだぜ。

片倉は携帯をしまって両腕を組み、右足を小刻みに動かして自分の腕時計を睨め続けた。

『こちら北署刑事課の岡田です。たった今、通報者を保護。これより現場に向かう。』

片倉は頷き、それを見た司令官は「了解」とだけ応えた。

「本部の捜査員は何分後に現着する。」

「正味十五分といったところですかね。」

―まさか部長は先に現着しているわけではあるまいな。

「念のために聞くが。」

「どうしました。」

「通信指令室は全ての県警関係車輌の位置関係を把握しているんだったな。」

「はいそうですが。職員の私用車はこの限りではありませんよ。」

片倉はしばらく考えた。

昨年、一色は刑事部の部長になってから、非常時に管理者と連絡がとれない事態を避けるために、部長級以上の私用車にもGPSを搭載して不測の事態に備えるように本部長に働きかけていた。しかし、プライバシーの問題があり、その計画は県警本部内において頓挫している。

―確か部長はデモとして自分の車にGPSを付けていたような。

片倉は司令官の耳元に顔を寄せた。

「おい。」

「何でしょうか。」

「部長がデモで載せた私用車のGPSは有効か。」

司令官は十秒程考え、席から立ち上がり室内の片隅に置いてあるノートパソコンを持って来た。

「有効ですがまだ本採用されたシステムではありません。ですから運用はできません。」

―この堅物が。

片倉は力を込めて奥歯を噛み締めた。

「いいから部長の私用車がどこにいるか教えてくれ。」

「だめです。」

「一色部長はどこにいる。」

「知りません。刑事部に居られないのですか。」

上司の居所を理由も無く探ろうとする片倉を司令官は不振な目で見た。

『所轄、現着。これより建物に入る。』

現場から無線が入ると指令室に緊張が走った。

片倉はGPSの件はあきらめ、司令官に音声の入力を自分の目の前にある卓上マイクに変更するように指示する。司令官は手元のスイッチャーを手慣れた手つきで操作し片倉に繋いだ。

「本部捜査一課の片倉だ。万が一の場合も考えられる。十分に注意して入れ。」

『了解しました。』

卓上マイクのヘッドの部分を下に向けて折り曲げ、片倉は椅子の背もたれに身を預けた。

―コロシかそれとも心中か。

警察の仕事に優劣は付けたくはないが、この時の片倉は後者の結末を願っていた。無理心中ならば事は大きくはならない。上司と緊急時に連絡が取れなかった点は、警察内部で処理する事ができる。問題は前者の場合だ。殺人事件という重大事件が起こっている時に責任者と連絡が取れないというのは、極めてマズい。

警察にとって悪い情報に蓋をしてしまえば、大方の事は片がつくのかもしれないが、捜査態勢の不備が露見したときの世論の厳しさを考えると、県民の警察に対するイメージは著しく低下する。ましてや捜査が長期化すればなおさらの事である。

『こちら本部捜査一課。あと5分で現着。』

本部の捜査員から無線が入ったところで片倉は自分の悶々にひとまず区切りを付け、マイクに口を近づけた。

「現場には所轄の人間が先に入っている。お前たちは直ちに合流して現場を押さえてくれ。」

『了解。』

片倉は現場にいる所轄の鈴木と岡田が気になった。建物に入ってから正味3分の時間が経過している。通報から現場である建物は山小屋と聞いている。すぐにも遺体の状況等が報告されても良いものだが、それはまだ無い。

「こちら本部。現場の状況はどうだ。」

反応がない。十秒経過するのを待って、片倉は再び呼びかけようとした。矢先、現場から無線が入った。

『こちら現場。二体の遺体確認。』

その報告の声には力がない。無理もない、この地方都市で一度に複数の遺体を目にする事件はそうそう無い。よってこの手の状況にはあまり免疫は無いである。

片倉は遺体の状況を分かる範囲で報告するように指示した。

『それが…。』

「どうした?」

『顔が無いんです。』

「何?」

『両方とも…顔が無いんです。』

「どういうことだ。顔が無いなんて意味が分からんが。」片倉は怪訝な顔をした。

『顔面を凶器か何かでぐちゃぐちゃにされています。原形をとどめていません。』

岡田の報告に通信指令室は凍りついた。