12月20日 日曜日 0時15分 熨子駐在所

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12月20日 日曜日 0時15分 熨子駐在所
序章2
五の線 第二話.m4a.mp4
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熨子駐在所の鈴木はこの時間にはまだ就寝していなかった。自宅から持ち出して来た古ぼけたアルバムを手に取って、彼はその一ページをゆっくりとめくり目を細めていた。

五日後に控えたクリスマスには娘の洋子が東京から帰郷する。自分に紹介したい男がいるそうだ。妻はどういう男かは知っている。

「洋子と同じ会社に勤めている、誠実そうな方よ。」

一週間前、妻の清美がこの駐在所を訪れて娘がつき合っている男について話をしてくれた。二人はつき合って三年。洋子が男とつき合っている事は、鈴木は全く知らなかった。現場での仕事に燃え、担当地域の治安の安定が鈴木にとっては一番の関心事だった。道案内から始まり、警邏活動、ときには窃盗犯や痴漢の確保など、警察組織の末端に所属しながら彼はその自分に課せられた任務に誇りを持っていた。

―自分は警察官としての仕事の事しか頭に無かった。

今まで家庭の事に無関心だったと言われても仕方が無い。家族の事は清美に任せてあるつもりだったが、娘の縁談を自分に知らせるときの妻の寂しそうな表情を見て、初めて自分の家庭に対する無責任さに気がついた。

思い起こせば娘の事は何も知らない。大学までは地元の学校に通わせていたので、ある程度の事は把握をしていたつもりだったが、基本的に鈴木は仕事の虫。清美から洋子の事について相談されたりもしたが、正直なところ煩わしいとさえ思っていた。

洋子が東京の方へ就職してからというもの、家庭の事は清美に任せるという考えが災いしたか、自分と洋子とは全くの疎遠である。洋子の情報は清美経由で聞いているつもりだったが、記憶に残っていない。彼女が銀行に勤めているとは聞いていたがその銀行名も、現在洋子が二十六歳である事も、正直忘れていた。

―済まなかった。

気がつけば鈴木自身は一年後には定年に達する。同期の人間は皆、警部や警部補に昇進し、退官を向かえようとしている。片や鈴木は巡査部長のままだった。鈴木は地域に密着した現場での仕事が好きでたまらなかった。そのため彼は高校卒業後警察に入ってから、今日まで昇進試験をあまり積極的に受けなかった。管理職になる事を嫌ったためである。妻からは何度も昇進試験を受けてくれと言われた。しかしその手の要望は無視してきた。今まで家庭を顧みず、自分の好きな仕事だけに人生を捧げてきた。清美の寂しそうな表情を見た時、自分の自己中心的な人生がリセットされた感覚を覚えた。

鈴木の心の中には様々な思いが去来していた。

『本部より関係各署。』

瞬間、鈴木に緊張が走った。アルバムに落としていた目線を部屋の隅に設置された無線機に向ける。

『熨子山山中の小屋より二名の遺体と思われるものを発見との通報。所轄は直ちに現場へ急行せよ。』

鈴木の表情が厳しいものに変わった。アルバムを閉じ、急いで無線に口を近づけた。

「こちら熨子駐在所。目的地の住所情報をお願いします。」

『熨子町の集落からそのまま山頂へと向かう道の途中に通報者がいる模様。』

「了解。向かいます。」

鈴木はそう言うと寝間着姿から制服に着替え駐在所を飛び出し、止めてあるミニパトカーに乗り込んだ。エンジンをかけアクセルを踏み込み勢い良く発進した。熨子町の集落まではここから約五分。熨子町から山頂へと向かう道は一本しか無い。

車に乗ってからも継続的に通信指令室からの指示は出ている。県警本部の対応は素早かった。本部から鑑識を含めた応援が二十名程度出発したようだ。加えて金沢北署の捜査員も投入されて、捜査の体勢を整えつつあるのが無線を通じて伝わって来ていた。二名の遺体が一度に発見される事など、石川県では珍しい。本部の対応を無線を通じて聞いていると、その事の重大さを肌身をもって感じる。

「事件か心中か。」

彼は誰に言う訳でもなく呟いた。

鈴木はパトカーを手足のように操り、注意深くそして俊敏に県道を駆け抜ける。

―何か妙な胸騒ぎがする。