12月20日 日曜日 0時35分 熨子山山頂展望台

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12月20日 日曜日 0時35分 熨子山山頂展望台
序章1
五の線 第一話.m4a.mp4
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眼下には金沢市の渋い夜景が広がっている。金沢は藩政期より城下町として栄えた地域。当時の歴史と伝統が今も色濃く残っている街のため、日中は観光都市としての顔を全面的に出す。観光名所には人が集まり、にぎやかさを創出する。しかし夜になればそれは一転する。市内全域は水を打ったような静けさに覆い尽くされる。その空気の重量感と質感は重く、妖しさを内包している。金沢の繁華街である片町には週末になるとサラリーマンや若者たちが繰り出し、人々の活気を味わうことができるのだが、どことなくひとりひとりに影がある。いや個人に影があるのではない、街が、空気が影を持っているように感じられる。

間宮はその影に包まれた街を、熨子山から眺めていた。熨子山は金沢の北東部にある山で、そこから見る金沢の夜景は美しかった。妖しげな空気の中に点在する街の照明群。それと相対するように闇を演出する寺院群や田畑。対照的なものが絶妙に混ざりあい、陰と陽のおもむきを感じることができる。熨子山は金沢市街地から車で約三十分の距離にある。市街地から少し離れたところにあるが、整備も行き届いており休日には地元の家族連れが遊びにくる。しかしここも夜になると交通量は極端に少なくなる。夜になると外部からの侵入者を拒むかのような空気を熨子山はもっていた。熨子山が持つ陰の歴史がそうさせるのだろうか。かつて江戸時代においてはこの山は、禁教令がしかれた際に対象となった宗教の信者の流刑の地となっていた。夜には山が持つ陰の要素と夜景という魅力を演出効果として利用し、時折カップル等が訪れていた。

十二月。夜になれば冷えきった空気が肌を刺す季節だ。今日この時間にここを訪れる者は彼等以外になかった。間宮は静寂に包まれていた。

そっと彼に身を寄せる者がいた。彼と同じ会社に勤務する桐本だ。左腕に掴まり自分の冷えた頬を間宮の左肩に密着させていた。

「何か落ち着いていて奇麗ね。でも…。」

「ん?」

「少し寒い…。」

少し震えながら桐本はその華奢な体を間宮にぐっと寄せた。

間宮はそれに応えるように彼女の体を両手で抱きしめた。桐本の香水の香りが鼻腔に入り込んできた。彼女の体の震えは収まった。

間宮はもう一度顔をあげて夜景を見た。

麓から幾度か曲線を描いてこの場所に来ることができる。間宮は自分が通ってきた道を市街地から順を追って見ていた。彼の視線が熨子山の中腹にさしかかったとき複数の赤い回転灯が点滅して登ってくるのが目に止まった。

―この時間に一体何事か。そういえば十分程前にもパトランプが見えた。

その光は山を登ってきている。間宮は不審に思った。そしてこの場から立ち去ろうと考えた。

「ごめんね。寒かったよね。」

間宮は桐本に話しかけた。

「…うん。」

抱きしめられ、自分の右頬を間宮の頬に合わせている彼女の体はまた小刻みに震え始めていた。

間宮は桐本を誘う言葉を耳元でささやいた。

すると彼女の体の震えが若干大きくなった。その震えは徐々に大きくなってくる。

間宮は桐本が緊張しているのかと考えていた。緊張をほぐそうと言葉を選んで慎重に彼女に接した

しかし、それは彼の大きな誤解だった。

桐本は間宮の肩越しに見ていた。

向こう側から白いワイシャツを着た男がこちらを凝視しているのを。

その男が赤い血で染まったハンマーを持ってこちらにゆっくりと近づいてきているのを。